地球に落ちてきたのうさぎマリオ

萩原水音です。このブログはなるべくPCまたはタブレットでご覧ください。

サイクリング

昔の自転車誌がシジョーに(谷岡ヤスジふうに)そそる件

かつて「ニューサイクリング」という自転車雑誌がありました。今は休刊中ですが(「廃刊」という公式発表がないので)、レース志向ではない自転車ツーリング専門誌として貴重な存在でした。

とはいえ過去にはレースの記事もかなりあったようで、「自転車界のダ・ヴィンチ」アマンダの千葉さんもレースの記事を執筆されていたようです。あ、あと、これは絶対に内緒ですが、私も二回ほど記事を書かせていただきました(無謀やな)。どんな記事を書いたのかって?いやぁ、それが現物を持っていないのでうろ覚えですが(おいおい)、「サイクリング写真の撮りかた(プロかいな)」みたいなのと「女子とサイクリングするときの心がけ(あんたに言われとうないわ)」みたいな内容だったと記憶しています。…何様だっちゅ~の!(と胸の谷間を誇示する)ああ恥ずい。

そんな馬鹿馬鹿しい話はともかく、「ニューサイクリング」誌の誌面は主に旅用自転車(頂点に位置する車両は「魔物」と呼ばれていましたな)の紹介・ツーリングコースの紹介・随筆・読者のレポートなどで構成されており、実用性と読み物としての性能を兼ね備えていました。あまり広告がないのも、いち読者としては歓迎でしたね。晩秋の房総半島の里山をツーリング車でのんびり走り、ひなびた食堂で親子丼とビールの食事をとって日当たりのよい枯れ草の上に猫ろんで毛繕いをしつつ居眠りする、というようなレポートに「ああいいなぁ、自転車って自由だ」と感銘を受けたのを覚えています。

「ニューサイクリング」誌にはさらに前身となる「サイクル」誌があり、こちらは昭和二十年代から発行されていたというものです。いま私の手元になぜかこの「サイクル」誌の1960年7月号があるのでちょっと見てみましょう。
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表紙はカラーではなく、スミ+特色の朱色の2色刷りです。ちなみにカラーページは1ページもありません。昭和35年ですからね。厚みもぺランぺランです。しかし、情報源が紙媒体しかない(ショップなどで得る情報もあるにはあったでしょうが)当時、この雑誌の存在は大きかったと思います。表紙の写真は、当時の編集長・今井彬彦さんがフォッサマグナをたどった自転車旅にて撮ったものとのこと。糸魚川ですね。

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表紙をめくると、味わいのある表2広告と巻頭グラビアです。グラビアは「九十九里浜」なんとも侘び寂のある写真ですね。現在の自転車誌の「最高級ロード大試乗!」とか「電動メカを乗りこなせ!」みたいなのとは隔世の感がありますね。

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広告のセンスにくぎ付け!このイラストの画風はちょっとやそっとでは真似できません。「ペダルハイク」!この言葉はリバイバルさせたいです。「ゼブラの自転車」のロゴも味わいがありますし、現代人に必要なのはこのスローライフでアナログなフィーリングなのでは?(微笑)

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「山口の自転車」の広告ですが、お二人のファッションに注目!白い(たぶん)コットンパンツ(たぶん)にカーディガン、ほっかむり!ナウいヤングの定番ファッションですね。これはぜひ真似したいところです!おっと、白いコットンパンツでキメるには、チェーンガードが必須ですよ!

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そして特集記事は「ツーリングへの招待」!会社の同僚を誘って泊まりがけツーリングに行くストーリーに沿って、ツーリングのノウハウが紹介されています。素晴らしい!

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おおおっ!これは今はなき名店「アルプス」の「グリーンキャップ」!定価は17,000円とあります。もしかしてこの価格は、当時のひと月の給料より高かったのではないでしょうか。でもこの仕様だったら、日々の通勤にも使え、休日のツーリングにも過不足なく使えて、お買い得だったのではないでしょうかね。大きめのサドルバッグが旅ごころを駆り立てますね。ちなみに私の「美暗記くん」も形はちがえど、このようなコンセプトでセッティングしていますよ。

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これはなんともソソるコクピットまわりであります。流線形のライト・グリップシフト・マッドガードのエアロフィン(ちゃうやろ)に注目!これはかなりの高速サイクリングを想定していますねw!余談ですが最近また「エアロロード」的なのが各社ラインナップされていますが、T.T.ならいざしらず、デザイン的な小細工の域を脱していないのではないでしょうか。だって、一番の空気抵抗は人間じゃないですか。人間の空気抵抗減少をまず考えるべきだと思うのですよ!(おいおい)

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おお!これまた伝説のブランド「エバレスト」!「若い世代のアイドル」のコピーがグッときます!それにしても、これ、道路競走用自転車のようですが、シングルスピードに見えますよ?変速器は戦後には解禁されていたはずですよね?しかしやはり背中にしょったスペアタイヤ・パンツインしたシャツ・ルーズソックスなど、ロードマンの熱い心意気が伝わってきますね!いやぁ、昔の自転車って本当に面白いですね!それではまた、お会いしましよう!サイナラ、サイナラ、サイナラ!









はじめてのロードバイク(後編w)

)ラレー(黄


さてさて、山手線・駒込駅近くの自転車屋さんで衝撃的に出会った黄色いスポーツ車は、偶然にもかつて乗り回していたのと同じ英国「ラレー」の自転車でした。

 

力強いイエロー×ブラックのカラー・欧州ブランド(ワインマンとかザックスとかユーレーとか部品に刻印がありましたが、有名なメーカーなんですかにゃ?(おいおい))で固められたアッセンブル・いかにも走りそうなルックス・それでいて、風格あるヘッドバッジをはじめ、さりげなく感じられる英国のエスプリ。う~ん。まいった。

 

さながら、英国生まれのスポーツ好きな良家の子女と出会った気分ですかのぅ?(あんたビョーキやろ)

 

おまけに定価だと6万5000円ほどだが、サンキュッパだと。これは…今買えってことですよね。そうとしか考えられない。

 

私は胸の高鳴りを抑えつつ、かつ躊躇なく店主に告げた。

 

「これください」。

 


ということで、このラレーが「はじめてのロードバイク」と相成りました(以前ちょっと乗ったスポルティーフはフルマッドガードの所謂ツーリング車っす)

 

ま~、今考えると、パイプは重いハイテン(高張力鋼)だし、リムもスチールだし(これは今考えると、ショック吸収性と、フライホイール効果により高速巡航性には有利?なんちて)、ブレーキワイヤはびよよんと飛び出しているし、まったくおとなしいバイクなのだが、グレッグ・レモンやミゲール・インデュラインが乗ったTVTも市川さんが乗ったLOOKも知らない私には(そんなの未だに乗ったことありましぇんw)、バリバリに本格的なレース用自転車に見えたのでつ()

 

いや、自転車に特に興味もない一般人なら、そんなもんでしょ?「ママチャリと、あとなんか競輪みたいなスポーツ用の自転車」。そんな大まかな区分ですよね。

 

しかしこのラレー、乗って帰るときは往生した。ドロップバーの持ち方がわからないので常に下ハン持ち()。もちろん、そんな状態でダウンチューブに付いたダブルレバーで変速なんかできましぇん。適当なギヤに固定で、信号で止まるたび、ヨロヨロと頼りなくスタートするのであつた。

 

トゥクリップが付いてないのは幸いだった。そんな、下ハンを握りつつダウンチューブに手を伸ばし変速し、トゥクリップに爪先を入れスタート、なんて到底無理っす(今でも三ついっぺんになんてできましぇん!)

 

そんなこんなでほうほうのていで帰宅したのだが、何しろ運命的な出会いを感じた私は、さっそく自転車乗りのバイブル「サイクルスポーツ」誌(宮内さんお元気ですか?)を買い、研究を始めたのだった。「ふんふん、つうる・ど・おフランスに出てる自転車はカーボン製でもっとすごいのね。シフトもブレーキレバーと一体化してて、ハンドルから手を離さなくても変速できるんだ。ホェ~」「この三浦さんっていう選手の自転車、えらく攻撃的なポジションだすな~」「ほお~、サイクルパンツには尻にパッドが付いてるのか~、これなら長距離走っても尻が痛くならないね!」「マウンテンバイクもいいっすな~」などなど、見るものすべて新鮮な世界でした。

 

実はこのラレーを買う少し前、宇都宮で自転車の世界選手権が行われて、某NHKがロードレースを最初から最後まで(6時間半)生放送したことを知り、「へぇ~!自転車のレースって6時間半も走るのか!すごいなぁ!どんな超人なんだ!」と驚きとともにサブリミナル的な知識を得ていたという伏線があったのです。そんなこともあって、発見即購入も自然な流れとも言えるかもしれません。

 

さぁこうなったら、まるで小学生の自転車マニヤです。少しでもつうる・ど・おフランスに出てるような自転車に近づけるべく、サンキュッパで買ったラレーの改造が始まりましたよ。弁解がましいですが、小学生のときには周りにかっこいい自転車に乗っている大人とかもいなかったし、そういう刺激も皆無でしたから、いい歳ぶっこいてからようやくメディアの力を借りて開眼()したわけです。

 

もちろん、また自転車通勤もわくわくドキドキで始めました。今度はちゃんとジロのヘルメットもかぶり、いっぱしのサイクリスト気分です。車道の左端を走るのは原付と同じだし、すぐに慣れました。

 

ま、買った当初はドロップバーに馴染みがなく、しかもブラケットポジションからだとワインマンのブレーキの引きが重いのでフラットハンドルに換えてましたが、「いちまるご」のブレーキに替えてブレーキの引きもめっちゃ軽くなり、またドロップバーに戻しました。

 

そして気になっていた、いちいちハンドルから手を離さないと操作できないシフトレバー(昔はこれが普通だったんだよ、へたくそめ)も「志麿ののデュアルコントロールレバー」より軽くて安いサンツアーのコマンドシフターに換え、手元でパチパチと気軽に変速できるようになりました。らくちん~!

 

雑誌やショップで知識を仕入れ、それをすぐに実行できるサンキュッパのラレーは、私にとってまたとない素材でした。鉄リムのホイールも軽量なアルミリムのロードレーサー用ホイールに替え、どんどん自転車にハマっていく日々。ボトル台座が一つしかないので、シートチューブにドリルでグリグリと穴を開けたのは今考えると「ヒョエ~」ですがね。危ないなぁ。

 

こうしてサンキュッパのラレーは、私の自転車史上もっとも重要な自転車になっていったのです。その後ロードバイクはフォンドリエスト・ビアンキ・コルナゴなど乗って、どれもいい自転車でしたが正直、サンキュッパのラレーほどの思い入れはなかったのも事実です。

 

フレーム以外全部自分で交換して、自転車の知識も以前とは比べ物にならないくらいつきました。もちろん、パンク修理だってひとりでできるもん!てな具合です。

 

えっ?そんなスポーツ車にブラッシュアップしたのなら、さっそく遠くにツーリングにも行ったんだろって?

 

いやぁ、それが、私にとって自転車とは、基本的に「混んでる電車とか乗りたくないし、自転車のほうが寄り道ができるし気持ちいいから乗ってる」的なお気に入りのスニーカーみたいなものなので、べつに世界一周とかあまり興味ないんですよね。大変そうだし(おいおい)。めんどくさそうだし(コラコラ)

 

その頃は毎日の自転車通勤以外は、お休みの日に川越あたりまで行って焼き団子食べて「今日はよく走ったな」と満足してたくらいで、そんな長距離サイクリングなんかやってなかったす(今も大差ない?)

 

自転車にはほとんど毎日乗ってはいますが、「1200㎞走った」とかの話は「へぇ~、そりゃ大変そうだねぇ」的な人間なんす(居直るなよ)

 

某自転車専門誌でアルバイトしてたとき、常駐のF倉くんに「向上心がない」と言われたのも、ま、無理はなかろう)

 

これで自転車競技に目覚め、いい歳して選手を目指し…となればネタ的には面白かったんですがね~。

 

 

まぁそんなわけでこのラレー君がきっかけでフランスやハワイにも行きましたし、世界が広がった気がします(というか、かなり広がりました)。エンジンに頼らなくても、自分の力だけで「自由」を得られる自転車の醍醐味を教えてくれたラレー君ありがとう!この先何台自転車に乗っても君のことは忘れないよ!あと、サイクルスポーツ誌の宮内さん・松本さんにはこの場を借りて感謝します。グラッチェ!

江戸川の魔物

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僕の舟は一人乗り(極私的ホノルルセンチュリーライド その3)

[回復、そして]
ジャングルロードでモチベーションの危機におちいった僕。

そこで僕は、美輪明宏大先生おっしゃるところの「日本人を醜くした三つの欲望(注:物欲・性欲・食欲)」のほうに「一時的に」頭を切り替え、この危機をを切り抜けようと試みる。あくまでも「一時的に」だ。
 
すなわち、以下のようなイメージを脳裏に描くことである。

「これだけ暑ければ、ゴール後のビールはめちゃくちゃうまいぞ!胸の谷間をゴーカイに見せたジンガイのお姉ちゃんがいるオープンカフェでやさしい風に吹かれながら、キラキラした泡の立つ黄金色の冷たい液体をグビッ!グビッ!グビッ!  くうう~っ!たまんないっす!」

…おおおっ!モチベーションが甦ってきたぞ!

 …少し休んだので、若干回復したような気がする。そしてマカプウからの最後のアップダウン。ここで「その2」文中⑤の女性(重量級ガイジン女性サイクリスト)に遭遇。上りでは、脚が半分死んでいる僕と、歩いたほうが速いくらいのスピードで壮絶なデッドヒートを繰り広げる。しかし下りとなればさすが狩猟民族の末裔、重力を味方につけ、あっという間に差をつけられた。でも身体だけは大事にしてくださいよ(初代・林家三平師匠ふうに)。

甦ったかのようにみえるモチベーションだが、しょせん脳内イメージ力で一時的に甦っただけなので、時間が経てばしだいに効果が弱まってくる。そろそろ、ほんとうに水分補給をしないと、脱水症になってしまいそうだ。たしかもうすぐエイドステーションがあるはずなんだが…。すみません、僕、一回や二回完走したからって、暑い中の160kmをなめていました。と、ハワイの神々に赦しを請う。

はたして、下り終えると 、待ちに待ったエイドステーションがあった! わぁ~っ助かった!(涙目)  往路では目もくれなかったエイドステーションだが、このときは本当に後光が差して見えた。自転車をそこらに放り出し、「ネコまっしぐら」にフルーツがあるところに駆け寄り(身体が水分と果糖とクエン酸を切に欲していたのだろう)、カットオレンジをガツガツとむさぼり食らう。う、うますぎる!(涙目)

オレンジの効能はすさまじく、みるみるうちに元気が出、脚の痛みまでもが嘘のようになくなった。あとはもうこれといった坂もなく、ここまでくればひと安心!

カラ二アナオレ・ハイウェイに入ると、ロードバイクにスパスパ抜かれるので(僕のはドロップバーだがクロスバイク)、なるべくはじっこを走る。ハイウェイといっても、信号がある、国道っぽい道である。しかしさすがアメリカ、一車線分くらいのバイクレーンがある。そこで出会ったのが「その2」文中②の「典型的ガイジン女性サイクリスト」。マッドガードに星条旗のついた700Cのツーリングバイク(おおっ)に乗っている。サドルの上の丸いお尻がかわいい。

彼女、ちょっとした坂になると、いきなりギヤを超軽くして、L・アームストロングも真っ青の高回転ぺダリング。脚の回転の割にあまり進んでいないのだが…。  しかし彼女もまた、下りになると「キャッホ~」と雄叫びをあげながらすっ飛んでいく。 女性サイクリストにはこの手の人がほんとに多いですなぁ。

ホノルルが近づいてくると、道のわきや中央分離帯に巨木が葉を大きく広げている姿が目につく。目につくのは「あの木陰で寝たい」という身体からのサインだろうか。もうゴールまであと少しなんだからもうひとがんばりしてちょ!と身体からのサインを黙らせ、一路ダイヤモンドヘッドへと向かう。

まぶしい光を浴びながらダイヤモンドヘッドの上りを「ウォリャ~!」という勢いで軽~くクリア(オレンジの効果絶大!)しダウンヒルを駆け抜け、ゴールのカピオラニ公園が見えてきた。やった!ビールはもうすぐだ!

ゴールは公園の中ほどにあるので、はやる心を抑えてガクッとスピードダウン、公園内のバイクレーンをちょこちょこと走って以前よりずいぶん立派になったゲートをくぐりフィニッシュ!

すかさず、「東京の●●さん、今ゴールです!」との会場アナウンスが。てへへへへ、照れちゃうな!100マイルくらい、全然たいしたことないって!この商売上手さん!

しかし停まったとたん、暑さ・乾き・空腹が三点セットでドッと襲ってきた。とりあえず、会場にセットされた水のミストを巨大なファンで送るマシン(名称不明)の前に行き、体表の温度を下げる。おおお~っ! 気持ちいい!

体温が少し下がったので、フィニッシャーで賑わうゴールエリアを一目散に退散し、ビールを目指す。もう店を選んでいる余裕はない。毎度おなじみのセブンイレブンでクアーズとランチボックスを素早く買い込み、ホテルへ直帰。まずはシャワーといきたいところだがそれすらもどかしく、ベランダの扉を開け、間髪をいれずクアーズのプルトップをプシュッ!

……冷たい芳醇な液体が喉を流れ落ち、身体に染みわたっていくのを目を閉じて味わう。まぶたの裏には、先ほどまで走っていたコーラルリーフの浜辺やごつごつした岩山、木々の姿、ペダルをクルクル回して走るMTBの女の子の姿などがあとからあとから現れる。

ほどなくして2本目を開け、今度はゆっくりと味わいながら飲む。ベランダから入ってくる心地よい風と、それに乗ってかすかに聞こえてくる民族音楽の太鼓の音。静かだ。あのMTBの女の子は無事ゴールできただろうか…。


いつの間にか眠ってしまったようだ。ベランダの外に目をやると、夕日が空を朱く染めていた。部屋の隅には、雨で少し汚れたビアンキが。白いテーブルの上にはクアーズの空き缶が二つ。さてこれから、着替えて外に出ようか。それとも、このまま夕日が沈んでいくのをぼんやり眺めているのもいいな。まだ太鼓の音は小さく聞こえる。すっきりしたいい気分だ。

こうして、日本から遠く離れたオアフ島で、一人で夕日を眺めていることが、とても幸せなことに思えてくる。今日あったことを誰かといろいろ話したい気もするが、今はこうしてただぼんやりとしていよう。

そうして夕日を眺めているうちに、僕はまた、誰もが知っている「無意識の大陸」へと、一人乗りの小さな舟をこぎ出していった。

                                     おわり



 

僕の舟は一人乗り (極私的ホノルルセンチュリーライド その2)

[試練?]
ホノルルセンチュリーライド100マイル折り返し地点で脚に激痛が走り、あわや転倒の僕。
とりあえずセルフマッサージ&ストレッチを試み、どうにか痛みが収まったらエイドステーションのスポーツドリンクやクッキー、バナナ(カリウムを含み、筋肉の痙攣を防ぐ)を多めに摂りエネルギー補給。しかし脚の違和感はあまり改善されてない。往路、脚に負担をかけすぎたのが原因なのは明らかだ。こんな状態であと50マイル走れるだろうか。

この100マイルの折り返し地点でも以前(申し遅れたが、僕は1999年、2000年とこの大会に連続参加、100マイルを完走している)よりだいぶ日本人(らしき)が多く、皆さん、なごやかに談笑されている。心配になった僕は、誰かに声をかけ、復路は一緒に走ってもらおうか?と虫がいいことを考える。


そんな状態でかなり弱気&慎重に再スタート。
「もうアタックはしないぞ 。したら今度は脚が終わりだぞ」と自分に言い聞かせて走り出すと、前述の「North Texas」の女性サイクリストとそのエスコート役の男性が僕をスルスルッと追い抜いていった。僕の恋もここで終わりです。アデュー(笑)。

そんな僕の前に次に現れたのが、MTBに乗った小柄な女の子。東京の某スポーツショップ名の入ったゼッケンを付けているので、十中八九日本人だろう。太いブロックタイヤ&ジョギングシューズで脚をクルクル回して一生懸命走っている。… ということは彼女、およそ長距離向きではないこの機材で、少なくとも僕より先に100マイルの折り返し地点に到達していたということだ。 スタートが多少先だったとしても、Oh!彼女のセンチュリーライドスピリットに拍手!

しかし、いちおう「ロード系」バイクの僕とはペースが合いそうもないので、「オン・ユア・レフト(相手は日本人なのに英語?)」と声をかけ、先に行かせてもらう。(どうしてそこでさりげなくアシストしてあげないのかなぁ!「脚に心配がある自分」と「長距離に不向きな機材の彼女」なら、同じくらいのハンデだろ?誰かにいっしょに走ってもらいたかったんじゃないの?もしかして、彼女はハワイの神々の使いかもしれないのに)

と、この行動がまたもやハワイの神々の怒りを買ってしまったのか? 5分もたたないうちに、僕のバイクの後輪に違和感が。もしやパンク? しかたなくコースをそれ、大きな木の下にバイクを持っていき確認すると、まごうかたなきパンクチャーである。おまけに、雲がたれこめていた空からは雨粒が降ってきた。僕がチューブを交換するためホイールを外していると、先ほどの彼女がわき目もふらずに走り去って行くのが見えた。

そうして木の下で作業をしていると、コースを走っていた赤っぽいウエアのロードバイク乗りが何事か言いながらスピードダウンするのが目の片隅に見えた。と、彼は後方を確認することなく、急にUターンを始めたのである。危ない!

「ガッシャーン!」後続のサイクリストが避けきれずに突っ込み、彼は路肩に派手に倒れた。あ~あ、こういう、いきなり進路を変えたりUターンしたりする人、ママチャリにはよくいるんだよな! 参加者が増えるのはいいけど、こういう人は困りもの!

僕がチューブを交換し終わり、タイヤに空気を充填するころには、ガッシャーンした彼もサポート班に世話をしてもらい、自力で帰ろうとしていた。まったく! もしヘルメットがなかったら、どうなっていたことか。

そんな姿を見届け、作業を終えた僕もドリンクを飲んで走り出す。すると、つい先ほどまで小降りだった雨が急に激しく路面を叩き始めた。まぁ、ハワイにはよくあるスコールなのだが、「きっとこれはハワイの神々がオーバーヒートした脚と頭を冷やしなさい、と降らせた慈愛の雨に違いない、おお、ありがたや、ありがたや」とあえて雨に打たれるままに走る。信ずるものは救われる。正直、暑いし、ちょうどシャワーを浴びたかったんだ(笑)。

はたして、まもなく雨はピタリとやみ、またたく間に青空が戻ってきた。しかし、脚のほうは思わしくなく、ちょっとした坂で立ちこぎをしようとすると「や、やめてくだせぇ御主人様」と訴えるのだ。これは困った。3回目にして初のリタイヤか?それだけはご勘弁を、心を入れ替えますから、とハワイの神々にお願いしつつ走る。

ということで、復路は薄氷を踏むような心持ちで(たかがツーリングイベントじゃん!走れなかったらサポート班のクルマに乗せてもらえばいいじゃん!だれも責めたりしないよ)抑えて走りながら、脚の不安から目をそらす意味も含めていろいろなタイプのサイクリストをウオッチした。すると、いくつかのタイプに分けられるのに気がついた。「知的生産の第一歩は分類すること」と、恩師であるM編集長も言っておられたし、どんなタイプのサイクリストがいるか以下に大ざっぱに分類してみた。ちなみに番号は順位とは無関係なので、念のため。

①白人の、ウエアもコーディネイトされていて、バイクもいいものに乗っていて、走りもステディなおぢさま。どこかの馬鹿とは違い、意味のないアタックはしない。大人の走りとも言えましょうか。自転車が好き、ロングライドが好き、というのを語らずとも静かにアッピールしている感じ。僕もこうありたいと思う。

②典型的ガイジン女性サイクリスト。体格がよくて健康そう。笑顔がチャーミング。上りには少々弱い。だけど下りとなるや、「キャホ~!」とか「フォ~!」といった奇声を発しながらすっ飛んでいく。ちなみにマ●ロードのい●ちゃんはもろにこのタイプ。でも落車には気をつけてくださいよ。ほんとに。

③典型的ニッポン人カップル。男性のほうは日ごろから乗っている感じ。女性のほうは「美白命」みたいな感じでちょっとつらそうに走る。この手のカップルがよく道端で休んでいた。もしかして彼女のほう、「ダマされた?」と思っているのかも。でも、二人でゴールまで行けたら、きっと来年も走りたくなるよ!アレアレ!

④ニッポン人(たぶん)の「ロードバイクおじさん」。増えた。もしかして、ホノルルセンチュリーライドはロングライド系おじさんの聖地となりつつあるのか? あっ!今、「160km程度のツーリングでしょ。たいしたことないじゃん」と思った人いますよね?そういう人にこそ走ってもらいたいと私は思う!生活習慣病予防のためにも、もっともっと自転車に乗ろう!「トラック1台分の薬より1台の自転車を!」 である!

⑤重量級ガイジン女性サイクリスト。土地柄なのか、わりと目につく。さすがに上りはつらそう。ドロップバーの下を持ったらお腹がつっかえそう(おいおい他人事みたいに)。でも、こんがりと日焼けしていて、お外で遊ぶのと、食べることと、もちろんバイク(言わずもがな英語圏では自転車のこと)大好き! という感じが好感度大。

……とまぁ、こんな感じだろうか? 

[危機]
もうホノルルをスタートして70マイルほどだろうか。復路のジャングルロードにさしかかる頃になると、なんとなく同じペースの、主に英語圏のサイクリストの小集団ができた。僕もそこに交ぜてもらう。皆、暑いところでの走り方を心得ているのか、あまりスピードを出さずに体力をキープしながら走っている感じだ。

しかし、やはり太陽が真上から照りつけるジャングルロードは暑い。ハワイはやっぱり亜熱帯なのかなぁ、日本も温暖化でだんだんこうなっていくのかなぁ、などと漠然と地球環境に思いをはせながらたんたんと走る。

走りながらウオーターボトルを手に取ると、水があまり残っていないことに気がついた。先ほどの100マイルの折り返し地点で多めに水分補給したとはいえ、気温が高いこのコースでは、頻繁な水分補給は必須。なのに今回の僕はどうしたことかショートサイズのボトル1本しか持っていない。次のエイドステーションはまだかなり先のはずだ。これだけでもつか?

過去2回はちゃんとロングボトル2本を持って走ったのに、なぜ今回は1本しか持ってこない? と自分を責めても遅い。抑えて走ってはいるのだが、水分不足気味なのも加わり、ゆるい上りなど負荷が増えると脚が危ない兆候をみせる。自転車の場合、準備をおろそかにしたり、手を抜いたりすると、全部自分に返ってくるんだよね。自転車うそつかない。

などと納得している場合ではない。また攣りそうな左脚をかばっていたら、右脚の内側広筋あたりがキリキリと痛み始めるではないか。両脚かよ! しかたなく、なにもないジャングルロードだが止まって休むことに。

オアフ島のうっそうとした林の中で一人ぽつねんと取り残された僕。空にはギラギラと照りつける太陽。あたりに人影はなく、ときおり鳥の妙な鳴き声が響くだけだ。…ふう~、このへんにくだものでも生ってないかな? ちょっと茂みに入ってみようか…?

…いかん! モチベーションを甦らせなければ、僕はここでオアフ島の「野人」となってしまう!…でももしかしたらそれもいいかも? いやいやダメだ、日本に戻らなければ(おいおい)。…どうも頭が混乱してきたぞ。

                                                                    (まだ続く)
                                                                            
 
                                                         
















 
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