サイクリング

つゆのまにまに

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昔の自転車誌がシジョーに(谷岡ヤスジふうに)そそる件

かつて「ニューサイクリング」という自転車雑誌がありました。今は休刊中ですが(「廃刊」という公式発表がないので)、レース志向ではない自転車ツーリング専門誌として貴重な存在でした。

とはいえ過去にはレースの記事もかなりあったようで、「自転車界のダ・ヴィンチ」アマンダの千葉さんもレースの記事を執筆されていたようです。あ、あと、これは絶対に内緒ですが、私も二回ほど記事を書かせていただきました(無謀やな)。どんな記事を書いたのかって?いやぁ、それが現物を持っていないのでうろ覚えですが(おいおい)、「サイクリング写真の撮りかた(プロかいな)」みたいなのと「女子とサイクリングするときの心がけ(あんたに言われとうないわ)」みたいな内容だったと記憶しています。…何様だっちゅ~の!(と胸の谷間を誇示する)ああ恥ずい。

そんな馬鹿馬鹿しい話はともかく、「ニューサイクリング」誌の誌面は主に旅用自転車(頂点に位置する車両は「魔物」と呼ばれていましたな)の紹介・ツーリングコースの紹介・随筆・読者のレポートなどで構成されており、実用性と読み物としての性能を兼ね備えていました。あまり広告がないのも、いち読者としては歓迎でしたね。晩秋の房総半島の里山をツーリング車でのんびり走り、ひなびた食堂で親子丼とビールの食事をとって日当たりのよい枯れ草の上に猫ろんで毛繕いをしつつ居眠りする、というようなレポートに「ああいいなぁ、自転車って自由だ」と感銘を受けたのを覚えています。

「ニューサイクリング」誌にはさらに前身となる「サイクル」誌があり、こちらは昭和二十年代から発行されていたというものです。いま私の手元になぜかこの「サイクル」誌の1960年7月号があるのでちょっと見てみましょう。
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表紙はカラーではなく、スミ+特色の朱色の2色刷りです。ちなみにカラーページは1ページもありません。昭和35年ですからね。厚みもぺランぺランです。しかし、情報源が紙媒体しかない(ショップなどで得る情報もあるにはあったでしょうが)当時、この雑誌の存在は大きかったと思います。表紙の写真は、当時の編集長・今井彬彦さんがフォッサマグナをたどった自転車旅にて撮ったものとのこと。糸魚川ですね。

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表紙をめくると、味わいのある表2広告と巻頭グラビアです。グラビアは「九十九里浜」なんとも侘び寂のある写真ですね。現在の自転車誌の「最高級ロード大試乗!」とか「電動メカを乗りこなせ!」みたいなのとは隔世の感がありますね。

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広告のセンスにくぎ付け!このイラストの画風はちょっとやそっとでは真似できません。「ペダルハイク」!この言葉はリバイバルさせたいです。「ゼブラの自転車」のロゴも味わいがありますし、現代人に必要なのはこのスローライフでアナログなフィーリングなのでは?(微笑)

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「山口の自転車」の広告ですが、お二人のファッションに注目!白い(たぶん)コットンパンツ(たぶん)にカーディガン、ほっかむり!ナウいヤングの定番ファッションですね。これはぜひ真似したいところです!おっと、白いコットンパンツでキメるには、チェーンガードが必須ですよ!

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そして特集記事は「ツーリングへの招待」!会社の同僚を誘って泊まりがけツーリングに行くストーリーに沿って、ツーリングのノウハウが紹介されています。素晴らしい!

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おおおっ!これは今はなき名店「アルプス」の「グリーンキャップ」!定価は17,000円とあります。もしかしてこの価格は、当時のひと月の給料より高かったのではないでしょうか。でもこの仕様だったら、日々の通勤にも使え、休日のツーリングにも過不足なく使えて、お買い得だったのではないでしょうかね。大きめのサドルバッグが旅ごころを駆り立てますね。ちなみに私の「美暗記くん」も形はちがえど、このようなコンセプトでセッティングしていますよ。

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これはなんともソソるコクピットまわりであります。流線形のライト・グリップシフト・マッドガードのエアロフィン(ちゃうやろ)に注目!これはかなりの高速サイクリングを想定していますねw!余談ですが最近また「エアロロード」的なのが各社ラインナップされていますが、T.T.ならいざしらず、デザイン的な小細工の域を脱していないのではないでしょうか。だって、一番の空気抵抗は人間じゃないですか。人間の空気抵抗減少をまず考えるべきだと思うのですよ!(おいおい)

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おお!これまた伝説のブランド「エバレスト」!「若い世代のアイドル」のコピーがグッときます!それにしても、これ、道路競走用自転車のようですが、シングルスピードに見えますよ?変速器は戦後には解禁されていたはずですよね?しかしやはり背中にしょったスペアタイヤ・パンツインしたシャツ・ルーズソックスなど、ロードマンの熱い心意気が伝わってきますね!いやぁ、昔の自転車って本当に面白いですね!それではまた、お会いしましよう!サイナラ、サイナラ、サイナラ!









はじめてのロードバイク(後編w)

)ラレー(黄


さてさて、山手線・駒込駅近くの自転車屋さんで衝撃的に出会った黄色いスポーツ車は、偶然にもかつて乗り回していたのと同じ英国「ラレー」の自転車でした。

 

力強いイエロー×ブラックのカラー・欧州ブランド(ワインマンとかザックスとかユーレーとか部品に刻印がありましたが、有名なメーカーなんですかにゃ?(おいおい))で固められたアッセンブル・いかにも走りそうなルックス・それでいて、風格あるヘッドバッジをはじめ、さりげなく感じられる英国のエスプリ。う~ん。まいった。

 

さながら、英国生まれのスポーツ好きな良家の子女と出会った気分ですかのぅ?(あんたビョーキやろ)

 

おまけに定価だと6万5000円ほどだが、サンキュッパだと。これは…今買えってことですよね。そうとしか考えられない。

 

私は胸の高鳴りを抑えつつ、かつ躊躇なく店主に告げた。

 

「これください」。

 


ということで、このラレーが「はじめてのロードバイク」と相成りました(以前ちょっと乗ったスポルティーフはフルマッドガードの所謂ツーリング車っす)

 

ま~、今考えると、パイプは重いハイテン(高張力鋼)だし、リムもスチールだし(これは今考えると、ショック吸収性と、フライホイール効果により高速巡航性には有利?なんちて)、ブレーキワイヤはびよよんと飛び出しているし、まったくおとなしいバイクなのだが、グレッグ・レモンやミゲール・インデュラインが乗ったTVTも市川さんが乗ったLOOKも知らない私には(そんなの未だに乗ったことありましぇんw)、バリバリに本格的なレース用自転車に見えたのでつ()

 

いや、自転車に特に興味もない一般人なら、そんなもんでしょ?「ママチャリと、あとなんか競輪みたいなスポーツ用の自転車」。そんな大まかな区分ですよね。

 

しかしこのラレー、乗って帰るときは往生した。ドロップバーの持ち方がわからないので常に下ハン持ち()。もちろん、そんな状態でダウンチューブに付いたダブルレバーで変速なんかできましぇん。適当なギヤに固定で、信号で止まるたび、ヨロヨロと頼りなくスタートするのであつた。

 

トゥクリップが付いてないのは幸いだった。そんな、下ハンを握りつつダウンチューブに手を伸ばし変速し、トゥクリップに爪先を入れスタート、なんて到底無理っす(今でも三ついっぺんになんてできましぇん!)

 

そんなこんなでほうほうのていで帰宅したのだが、何しろ運命的な出会いを感じた私は、さっそく自転車乗りのバイブル「サイクルスポーツ」誌(宮内さんお元気ですか?)を買い、研究を始めたのだった。「ふんふん、つうる・ど・おフランスに出てる自転車はカーボン製でもっとすごいのね。シフトもブレーキレバーと一体化してて、ハンドルから手を離さなくても変速できるんだ。ホェ~」「この三浦さんっていう選手の自転車、えらく攻撃的なポジションだすな~」「ほお~、サイクルパンツには尻にパッドが付いてるのか~、これなら長距離走っても尻が痛くならないね!」「マウンテンバイクもいいっすな~」などなど、見るものすべて新鮮な世界でした。

 

実はこのラレーを買う少し前、宇都宮で自転車の世界選手権が行われて、某NHKがロードレースを最初から最後まで(6時間半)生放送したことを知り、「へぇ~!自転車のレースって6時間半も走るのか!すごいなぁ!どんな超人なんだ!」と驚きとともにサブリミナル的な知識を得ていたという伏線があったのです。そんなこともあって、発見即購入も自然な流れとも言えるかもしれません。

 

さぁこうなったら、まるで小学生の自転車マニヤです。少しでもつうる・ど・おフランスに出てるような自転車に近づけるべく、サンキュッパで買ったラレーの改造が始まりましたよ。弁解がましいですが、小学生のときには周りにかっこいい自転車に乗っている大人とかもいなかったし、そういう刺激も皆無でしたから、いい歳ぶっこいてからようやくメディアの力を借りて開眼()したわけです。

 

もちろん、また自転車通勤もわくわくドキドキで始めました。今度はちゃんとジロのヘルメットもかぶり、いっぱしのサイクリスト気分です。車道の左端を走るのは原付と同じだし、すぐに慣れました。

 

ま、買った当初はドロップバーに馴染みがなく、しかもブラケットポジションからだとワインマンのブレーキの引きが重いのでフラットハンドルに換えてましたが、「いちまるご」のブレーキに替えてブレーキの引きもめっちゃ軽くなり、またドロップバーに戻しました。

 

そして気になっていた、いちいちハンドルから手を離さないと操作できないシフトレバー(昔はこれが普通だったんだよ、へたくそめ)も「志麿ののデュアルコントロールレバー」より軽くて安いサンツアーのコマンドシフターに換え、手元でパチパチと気軽に変速できるようになりました。らくちん~!

 

雑誌やショップで知識を仕入れ、それをすぐに実行できるサンキュッパのラレーは、私にとってまたとない素材でした。鉄リムのホイールも軽量なアルミリムのロードレーサー用ホイールに替え、どんどん自転車にハマっていく日々。ボトル台座が一つしかないので、シートチューブにドリルでグリグリと穴を開けたのは今考えると「ヒョエ~」ですがね。危ないなぁ。

 

こうしてサンキュッパのラレーは、私の自転車史上もっとも重要な自転車になっていったのです。その後ロードバイクはフォンドリエスト・ビアンキ・コルナゴなど乗って、どれもいい自転車でしたが正直、サンキュッパのラレーほどの思い入れはなかったのも事実です。

 

フレーム以外全部自分で交換して、自転車の知識も以前とは比べ物にならないくらいつきました。もちろん、パンク修理だってひとりでできるもん!てな具合です。

 

えっ?そんなスポーツ車にブラッシュアップしたのなら、さっそく遠くにツーリングにも行ったんだろって?

 

いやぁ、それが、私にとって自転車とは、基本的に「混んでる電車とか乗りたくないし、自転車のほうが寄り道ができるし気持ちいいから乗ってる」的なお気に入りのスニーカーみたいなものなので、べつに世界一周とかあまり興味ないんですよね。大変そうだし(おいおい)。めんどくさそうだし(コラコラ)

 

その頃は毎日の自転車通勤以外は、お休みの日に川越あたりまで行って焼き団子食べて「今日はよく走ったな」と満足してたくらいで、そんな長距離サイクリングなんかやってなかったす(今も大差ない?)

 

自転車にはほとんど毎日乗ってはいますが、「1200㎞走った」とかの話は「へぇ~、そりゃ大変そうだねぇ」的な人間なんす(居直るなよ)

 

某自転車専門誌でアルバイトしてたとき、常駐のF倉くんに「向上心がない」と言われたのも、ま、無理はなかろう)

 

これで自転車競技に目覚め、いい歳して選手を目指し…となればネタ的には面白かったんですがね~。

 

 

まぁそんなわけでこのラレー君がきっかけでフランスやハワイにも行きましたし、世界が広がった気がします(というか、かなり広がりました)。エンジンに頼らなくても、自分の力だけで「自由」を得られる自転車の醍醐味を教えてくれたラレー君ありがとう!この先何台自転車に乗っても君のことは忘れないよ!あと、サイクルスポーツ誌の宮内さん・松本さんにはこの場を借りて感謝します。グラッチェ!

江戸川の魔物

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猛暑の自転車徘徊 150725

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