2015年07月

僕の舟は一人乗り (極私的ホノルルセンチュリーライド その1) 

[序章]
6年ぶりにホノルル国際空港に降り立つと、懐かしい「ほわわん」とした空気と、花の香りやいろいろなエッセンスがブレンドされたかぐわしい「ハワイの香り」が僕を迎えてくれた。

このところ、あまり長距離を走っていないし、体がすっかりデスクワーク対応型になった気がするし、持ってきた自転車は太~いタイヤ(700×32C)で重~いルポ君(ビアンキのドロップバーのクロスバイク)だけど、まぁ、どうってことはない。またこの空気の中で走れるだけで幸せというものだ。

さて、ホテルのチェックインまではまだ時間があるので、食事がてら街を歩いてみることに。 出発前、夜勤仕事を終えてそのまま準備をし、あたふたと空港まで来たので、ここでようやくほっと一息ついた心持ちだ。

どこで食べようかな、とキョロキョロしながら歩いていると、クヒオ通りのベトナム料理店が眼にとまった。「よさそうな店だな」 店選びは直感に従うことにしている僕は、さっそく入ってみることに。生春巻・チキンサラダ・バドワイザーをオーダーする。生春巻は野菜中心の具で、甘酸っぱいたれにつけて食べる。さっぱりした食感で、いくつでも食べられそうだ。チキンサラダのほうは、皿にド~ンとてんこ盛りされて出てきた。このドレッシングも甘めで、このサラダだけでもかなりの満足感がある。

 お腹も満たされ街歩きを再開すると、昨日からほとんど寝ていないので、ビールの心地よい酔いも手伝ってまぶたがじんわりと重くなってきた。なにか脚元がふわつく気もする。そんな状態で異国の街をぶらぶらするのも危ないので街歩きは中断してホテルへ。外の風が入ってくるロビーのチェアで、チェックインの時間までうとうとする。部屋に入り、まずはシャワー。自転車のセッティングをしなければならないのだが、ベッドで横になってしまうと、たまらず眠りに落ちて行った…。

[スタートの朝] 
ライド当日、午前4時に目を覚まし、シャワーを浴び朝食を買いに街へ。昨夕いったん起きて自転車のセッティングだけはしたものの、夜勤明け+時差のダブルパンチで眠くてたまらず、試走も買い物もできずにまた寝てしまった。

通りに出ると、日曜日の早朝ということで、黒い人、白い人がまだ盛り上がっている。僕はクヒオ通りのセブンイレブンでサンドイッチ・ソイミルク・フルーツ・ミネラルウオーターなどを買い、さっさとホテルに戻る。

部屋に戻り、朝食を摂りながら大会ガイドを広げてスタート時間の確認をする。こっちのセブンのサンドイッチは、日本のと違って香ばしい茶色っぽいパンでもちろん耳もついているし、具もタップリで食べ応えがあり、個人的には断然こっちが好みだ。

ふむふむ、スタートは6時15分だが、自分の走る距離のポジションに5時50分までに並ばないと、距離に関係なく最後尾からのスタートとなる、と。以前は、「100マイルの人は前のほうに並んでクダサ~イ、あとのヒトはテキトウにネ~」といったアバウトな感じだったのだが。まぁ記録を気にしているわけではないので、最後尾スタートでも別にいいけれど。

え~と、それと、「数か所あるエイドステーションに必ず立ち寄り、通過チェック用のセンサーを通って~」?行方不明防止のためなのだろうか? 面倒くさいな~。僕のように「よ~し、ピットインなしで行ける所まで行っちゃうずぇ~っ!(孤高のロッカー・キヨシロー口調で)」というのはダメなのだろうか?

そんなこんなで朝食もゆっくり済ませ、すっかりまったり気分なスタートの朝(おいおい間に合うのか?)。そして昨日眠い目をこすりながらの街歩き中に買った、いかにもトロピックなリュック2つ(おいおい)を取り出しそれと背負ってきたバックパックの計3個のバッグをズラリと並べ、「さ~てと、必需品をどれに入れていこうかな」と考え始める(当日の朝になって…)。

「まぁ会社じゃないんだから、遅れたって怒られはしないだろう」と開き直り、ゆっくり準備する。

[スタート!]
タイヤの空気圧もバッチリチェックし、ホテルから走り出す。まだ明けきらないホノルルの街をライトを点けてスタート/フィニッシュのカピオラニ公園に向かう。もう5時50分には到底間に合わないが、「おっ、何か脚もよく回るようだぞ、この調子なら最後尾からぐいぐいと抜きまくって…」と余裕で妄想する僕(危険な兆候ですな)。

カピオラニ公園に着くとすでにスタート前のセレモニーが盛り上がっており、6年前よりだいぶ増えた感じの日本人参加者の数と相まって、「ホノルルマラソン並みの知名度と参加者数に」という某航空会社の思惑がひしひしと伝わってくる。まっ、こちらは一介のファンライダー、楽しく走れればそれで充分だが。

最後尾につきまわりを見回すと、お子様連れ・レンタサイクルのお嬢さん・浜辺で日光浴していてそのまま来たような格好+ドイツ軍のヘルメット(?)の「ギヤル」などなど…。う~んやっぱり早く並ぶべきだったかな?…。

スタートすると、後方集団はコースいっぱいに広がってゆっくり進む様々なライダーのるつぼ。お子様ライダーなどまっすぐ走れない(走らない)サイクリストもいて、抜くに抜けない。

やむをえず、「オン・ユア・レフト(左行きま~す、の意。右側通行だから抜くときは日本と逆ね)」と声をかけ、慎重に抜いていく。抜こうとすると逆にこちらに寄ってくるお方もいらして、いやいや神経使う使う。どうにか最後尾集団を抜け出し、それからは抜けそうな小集団が前方にあれば同じように次々とパスしていく。とりあえず、よほどのことがなければ前回同様、100マイル(160km)をそこそこの時間で走りたいので。この時点で、前回よりはかなり重量のある自転車+長時間のデスクワークで弱体化したおのれの脚+寝不足というトリプルマイナス要素は「ま、なんとかなるでしょ」とお得意の楽観主義で無視した。

ここでひとつ申し上げておきたいのだが、前走者を抜くなら抜くで、なるべくスピーディに、かつ、ある程度差がつくまでスピードをゆるめないことを良しとしたい。荒サイ(荒川サイクリングロード)などでもよく遭遇するのだが、だらだら抜かれて、あげく目の前をふさがれたら気分悪いでしょ。抜いたとたんに脚を止めたりとか。

おっと、話が横道にそれてしまった。そのように脚がまだフレッシュだった往路は、復路のことも考えず、大人げない走りを楽しんだ。この後、わが身に何が起こるのかも知らずに…。

そのうち、僕は何かオーラを発している女性サイクリストに追いついた。どういうオーラかというと、見た目も含め、とにかく綺麗な走りなのだ。「North  Texas」のチーム名とテキサスの州旗ローンスターの入った美しいグリーンのジャージ・バイクは当時の人気機種ディスカバリーカラーのTREK・スムーズなぺダリング・走行ラインは決して乱れることなく、MTB用を上手に取り入れた装備・そして前走者を抜くときは必ず声をかけ、反対車線にチームメイトの姿を見つければ、あらんかぎりのキュートな声でエールを送る!いやまったくナイスな走りを楽しませてもらった。確認のしようがないが、もしかすると有名な人なのかも。脚のラインも実に綺麗だったし。ただ一つ残念だったことがある。彼女、屈強そうな男性サイクリストにエスコートされていたのだ(おいおい)。

そうしているうちにも、舞台は美しいエメラルドブルーの海、ハワイの神が刀で削ったような荒々しい山々、ジャングル、そして東海岸の静かな浜辺へと移っていく。この浜辺のあたりが、僕がホノルルセンチュリーライドで最も好きなエリアだ。かなたまで続く美しいコーラルリーフの海。遠浅の浜辺には小さな木の舟が見える。そしてまるで千年前からそうしているかのような釣り人の姿。聞こえるのは静かな波の音だけ。優しい風に吹かれながら、体が宙に浮かんだまま、脚とホイールが勝手に回っているような浮遊感。ああ、幸せ~。自転車に乗っててよかったなとしみじみ思うひとときだ。

[試練]
やがて、100マイル折り返し地点のスワンジー・ビーチパークが見えてきた。エイドステーションではたくさんのサイクリストが脚を休めている。昼寝している人もいる。気持ちよさそう!前回(2000年)はここで、友人の「ランス清水氏(アイウエアをかけた容貌が、かの男に似ているという意味です。かの男とは違い、ウソはけっしてつきません)」が往路の外人部隊(?)とのデッドヒートのあげく筋肉が悲鳴をあげ、「スピードだしすぎて脚が痙攣しちゃったよ!」と脚を懸命にセルフマッサージしているのを「あんまり飛ばしすぎるからだよ」と冷ややかに見ていたことを思い出した。

が!どうも今回はなにか変だ。自転車から降りようとすると、なんとmy leg(片脚ね)に激痛が走り、あやうくそのまま転倒しそうに!オーマイガー! そして、あのときのランス清水氏とまったく同じ行動をとる僕。

浅はかな行動がハワイの神々の怒りを買ってしまったのか? どうなる僕? まて次回!

 

荒川の夜風に吹かれて

昨日(7月13日)から突然に酷暑となった。自転車通勤者にとってはとってはつらい季節ですな、御同輩。

走行中はまだしも、信号ストップともなれば、汗がドワッと噴き出してくる。こうなると、仕事場についたころには汗ダクですな。職場にロッカー等あればまだしも、そうでない御仁はこそこそとシャツを着替えるか、そのまま仕事を始めるしかない。私は後者であり、しかも仕事先はお客様のところ。汗を拭き、デオドラントスプレーをシュッとやってなにくわぬ顔で現れるしかない。

じゃあ電車にすれば?とおっしゃる方もいましょうが、満員電車に乗れば、動悸・息切れ・多汗・その他の症状にみまわれ、心身が乱れた状態で仕事に臨むハメとなる。これはよくない。

なので、可能な限り自転車(28cタイヤのクロモリロード)で移動となる。やっぱり、これでなくっちゃ。たとえ汗ダクになろうと、仕事に臨むときにはウォーミングアップが済んだ状態で、頭もスッキリ。

今日は昨日と比べると、風が強い分、汗の量は少なくて済んだ。ラッキー。


帰路は往路とは違い、夜風を楽しみながらまったりライド。「上中里ダウンヒル」をゆっくり下り、都電と並走し、隅田川の「獣道」を通って荒川に出れば、ライトアップされたスカイツリーと五色桜大橋を見ながら土手の上の真新しいベンチで一休み。

思い出すのは3・11後の「計画停電」。あのときはそれこそこのへんも文字通り「漆黒の闇」だった。

ゲンパツに頼ってきた、ナイフの刃の上の生活のような危うい繁栄。それはいついかなる時も忘れてはならないと思う。

それにしても、ここちよい川風に吹かれれば鼻歌も出ようというもの。

アイムサーチェンサーチェンフォーグッドリームス~ wo~wo~wo~(わかるかな~?)






 

荒川マップ

荒川マップ左
荒川マップ右
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真夏日

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足利の天使

だいぶ前、自転車のツーリング本(K談社刊)のイラストマップの仕事をした。

イラストマップを描くだけでなく、MTBを持ち込んで実際にコースを走ったり、編集のT中さんのお手伝いをしたり、とても楽しい仕事だった。 

そのコースの中で、佐野・藤岡といった北関東の土地はどこか懐かしい独特のたたずまいで 印象に残っていた。

その後しばらくたって、ロードバイクで渡良瀬サイクリングロードを使い佐野まで自走で行ってみた。
渡良瀬川の、なんともニッポン人の郷愁を誘う風景を満喫し、佐野の町に着いた。

かつての印象どおりの、地味だが品格ある街並みが実にしっくりきた。
「できることなら、このあたりに住みたいな」と思った。

何回か佐野まで走って、佐野ラーメン(すっきりした後味が秀逸だ)を食べたり、町を散策したりした。

そして、「おとなりの足利もきっといいところに違いない」という本能的な確信が芽生え、今度は足利まで行ってみた。
途中までは佐野と同じルートなので安心だ。帰りは東武線で輪行すれば自宅の最寄り駅まで一本だし。



空がオレンジ色に染まりはじめたころ、足利の町に着いた。ぺダリングをゆるめ、ここちよい初夏の風に吹かれながら川沿いを流す。なんともレトロな橋の中ほどから水面を見おろせば、澄んだ川の水越しに川底の石がよく見える。

川沿いに戻り、ゆっくりと自転車を進めていると、むこうから自転車に乗った女子学生たちが夕日を背にして1列で近づいてくる。髪が、川風を受けてしなやかになびいている。 昭和30年代の日本映画を思わせる印象的な光景だ。

「こんにちは~」先頭の女子が私に声をかけてくる。自慢ではないが、生まれて初めての経験である。とっさに返すことができず、会釈するのみ。

しかしそれだけではなく、次の女子も、そのまた次の女子も、皆おなじような「こんにちは~」「こんにちは~」と、輪唱するかのように繰り返すではないか。


オレンジ色に染まった渡良瀬川にひびく少女たちの美しい声。これほど美しい「こんにちは」を、私はいまだかつて聞いたことがない。

ああ、まるで、この町は、私を待っていてくれたくれたかのようだ。私はよい時を選んだ。


言葉にできない思いがみちてくる。



私は夕日がかなたに沈むのを見届けると、1日の疲れをいやすため、駅から少し離れた、店の灯りがぽつりぽつりと点る一角に自転車を押して歩いて行った。



 
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