Sさん、生まれたての仔犬が5匹も!」

 

「本当だ!こいつら、まだ目もあいてないみたいだ。ひどいことするなぁ!」

 

「どうします?この炎天下、このままだと死んじゃうかもしれませんね」

 

「かといって、持って帰るのは無理だし、見たところ周りに日陰もないなぁ。う〜ん、困ったな」

 

「じゃ、とりあえずこうしましょう」

私は、段ボール箱のふたをずらして、仔犬たちに直射日光があたらないようにした。

「ごめんよ、近所の人かドライバーに見つけてもらうんだよ」

後ろ髪を引かれる思いで、私たちはその場を後にした。

「ごめんよ、ごめんよ…」

 


さて炎天下、佐野への距離は徐々に縮まっていった。しかし気づけばもう昼近く。
「Sさん、そろそろ、どこかで食事にしませんか?」

 「そうだね、この辺に食べるところあるかな?」

「とりあえず下道に下りましょうか」

私たちは炎天下のサイクリング道路を離れ、
旧街道らしき道に出た。

「見たところ、食堂っぽい店は見当たりませんね。少し走ってみますか」

私たちは先ほどまで走っていたサイクリング道路と並行するようにその旧街道らしき道を進んだ。少し行くと、商店が点在するところがあり、一軒の中華料理店が目に留まった。

「あそこでいいんじゃないですか。他にこれといった飲食店もなさそうだし」

「これ以上探してもなさそうだね」

私たちは自転車を停め、汗を拭きながらその小さな中華料理店に入った。そして、クーラーがついていない、窓を大きく開け放った店内の椅子に座ると、なるべく腹持ちのいいものを、ということで炒飯と、そして瓶ビールを注文した。

もう時効かと思うが、もちろんこれは飲酒運転にあたる。しかしこの日は、冷たいビールがたまらなく飲みたくなるほど暑かったのだ。今ではこんな、イカニモ、といった自転車のウエアを着てビールを注文するような行いは、世間が許してくれないだろう。


食事をすませ
、ボトルに水をもらうと、私たちは再びロードにまたがり、炎天下へ走り出した。燃料を補給したので脚の動きは良好だ。川を渡ってくる夏の風に吹かれながら快調に走る。江戸川が利根川から分岐する地点を過ぎ、あたりには利根川の広々とした風景が広がっている。


利根川の長い橋を渡ると、渡良瀬遊水地だ。オオヨシキリがにぎやかに鳴く広大な草原を横目に、渡良瀬川へのルートを確認しながら堤防上の道を進む。

…と、私たちの前に思わぬ障害が立ちはだかった。堤防上の道に強固そうなバリアが設置してあるではないか。バリアは堤防の下のほうまで続いており、これ以上は進めないようだ。しかし、バリアの先にはここまでと同じように道が続いている。

「ありゃまいったな。ここまで来て。なにか立て札とかありましたっけ」

「う~ん、見なかったなぁ。困ったね。さっきの橋まで戻らなきゃならないのかな」バリアをじっと見つめる私たち。

「仕方がない、上を行きますか」私たちはロードを高く持ち上げてバリアの向こう側にぶら下げ、そろそろと地面におろすと、今度は私たちもバリアによじ登って向こう側に移動した。これももう時効だと思うが、この行為は法的には「不法侵入」にあたるのかもしれない。しかしバリアの向こう側には、どう見ても自転車で走行するのになんの問題も無く見える河川管理用の道が続いているので、自己責任で強引に突破したわけだ。

そうして渡良瀬遊水地を過ぎ、風景は渡良瀬川がのどかに流れる田園風景となった。

「もうすぐですね」

「20年以上会ってないからなぁ。ドキドキするなぁ」

ついに佐野の町に到着した。Sさんは元カノさんの店の場所は頭に入っているらしく、迷うことなく市内を進んでいく。そしてある一角でロードを停めた。

「あそこだね」

「じゃ、私はここで待ってますから、ちょっと様子を見てきてください」

「うん」

そして数分後Sさんが戻ってきた。

「早かったですね」

「店、休みだよ」

気が抜けた表情のSさん。せっかく100km近くの道程を走ってきたのに休みとは。

「電話でもしてみたらどうです?」

「いやぁ、突然訪問するからびっくり!なんで、電話してからじゃ盛り上がらないよ。ごめんね、つきあわせちゃって」

今は何をするにもまずネットで下調べしてから…になるが、当時はまだそれほどのネット社会ではなく、こんなことも往々にしてあったと思う。かくして、Sさんの「どっきり」は未完に終わったというわけだ。

「せっかくだからどこかで食事していきませんか」

「いやぁ、帰ってうちで飲もうよ。金がもったいないし、輪行して帰れば明るいうちに着くんじゃない?うちでゆっくり飲んだほうがいいよ」

「それもそうですね」

とぼとぼと駅に向かう私たちであった。そそくさとロードを袋に入れ、車中の人となる私たち。Sさんは炎天下のライドで疲れたのか、レーパン姿のまま座席にぐったりと腰を下ろしている。私は席には座らずにロードの入った袋を脇にかかえて車内の隅に立っている。土曜の午後ということもあって車内は家族連れなどでかなり混雑していて、大きな袋を携えたサイクルウエア姿の二人は歓迎されない存在であることは確かだし、場違いな存在でもある。車内は冷房が効いていて快適な温度に保たれてはいるが、子どもたちの騒ぐ声を聞きながら、私は不発感、あるいはここは私たちのいるべき場所じゃない感とでも言おうか、そんな居心地の悪さを感じて沈黙していた。

「Sさん、降りましょう。まだ陽が高いのに、電車に乗ってるなんてもったいないですよ。自転車に乗りましょう」

「そうする?」

Sさんも居心地の悪さを感じてはいたようで、次の駅で降りることにした。電車を降りてロードを再び組み立て、また利根川から江戸川のルートで帰ることにした。復路はあまり会話を交わさなかった。Sさんは元カノさんに会えなかった残念さをふりはらうようにいいペースを保ち、私はついていくのに苦労した。

そして陽が沈むころ都内に入ったが、Sさんのいいペースはなおも続き、とうとう見失ってしまった。暗くなった道端で携帯を取り出し、Sさんを呼び出してみたが、呼び出し音が鳴るばかりで電話に出る様子がない。仕方なく私は一人、小さなライトをたよりに荒川沿いをとぼとぼと帰った。
夜もだいぶ更けたころ、Sさんから着信があったようで、留守電にメッセージが入っていた。

「Sです。今日はどうもありがとう。また一緒に走りましょう」


そんなことがあってから、Sさんはますますロードにのめり込んでいったような気がする。


おわり