あれは、どのくらい前のことだったか…。

 

 

「佐野に自転車で行かない?渡良瀬までの道は知ってるんだよね?」

 

ホノルルセンチュリーライドに一緒に参加したSさんから電話があったのは、梅雨も明けようかというムシムシした日だった。サイクリングクラブ仲間であるSさんと私は、偶然にも「リストラ仲間」でもあり、妙な連帯感があった。妻子を抱えているSさんと極楽とんぼの私との間に収入および背負っているものの点で大きな差があろうとも、だ。

 

なぜ佐野なのか、聞けば大学時代の「元カノ」さんが佐野で日本料理店の女将を務めているというので、ロードレーサーにサイクルジャージ姿で突然訪問し、驚かせようという計画だという。そこで、ルートを知っている私に白羽の矢が立ったというわけだ。道中にトラブルがあった場合も二人のほうが対処しやすいだろう、という。

 

なるほど、それは面白そうだ。ただしSさんが元カノさんに面会するときは、私は黒子に徹して「巨人の星」の明子ねえちゃんのように電柱の陰に隠れて見ていたほうがよさそうだ。渡良瀬遊水地までは自転車で行ったことがあるが、佐野はその先になる。サイクリング道路メインだと、片道80kmくらいだろうか? 佐野、どんな町なのか、興味がわいてきて、計画にのることにした。

 

しかし、私が道を知っているとはいっても、途中まで行ったことがある、くらいなのが少々不安材料だ。以前、地図も輪行袋も持たずに渡良瀬方面へサイクリングに出かけ、「やっぱり空身は楽だね~」と上機嫌で走っていたはいいが、渡良瀬川と利根川が合流する辺りでルートを見失い、同じところをぐるぐる回り、あげく陽は暮れてくるわ雨も降りだすわで「これ以上は無理。リタイアだ」と判断。ようやくJR古河駅までたどり着いたが、輪行袋を持っていないので電車に乗せられず、タクシーにロードレーサーを積んでもらい大枚はたいて帰京した、という情けない実績くらいしかないのだが…
 

まぁ大のおとな二人、大丈夫でしょう!輪行袋も持っていくし、と当日を待った。

 

 

さて「元カノライド」当日の朝。

おりしも梅雨が明けたとのことで、立っているだけで汗がじわじわと吹き出す真夏の陽気となった。「さて、出発しますか」Sさんはまぶしい黄色のジャージに身を包んでいる。黄色いジャージといえばマイヨ・ジョーヌ、マイヨ・ジョーヌといえば当時はなんといっても時代の寵児「ランス・アームストロング」。かの人を思わせる容貌に加え、かの人と同じ「TREK5500」を駆っていることから、事あるごとにSさんを「ランス○○」と呼んでいるので、本人もそんな気になってきたようだ。

 

さて都内から渡良瀬方面へは、江戸川や利根川のサイクリング道路を最大限利用したいところだが、その前に都内を抜けなければならない。最短は水戸街道(国道6号線)を使うルートだが、トラックなどの大型車両を含む交通量の多さがネックだ。それに加えこちらは吹けば飛ぶよな道路競走車、路面状況にも気を配らなければならない。一人ならこそこそと脇道を走るところだが、同行者のSさんはクルマの多い道をものともしない闘争心の持ち主。私はここではSさんにアシスト役を務めてもらうことにした。普通はアシストされる方が強い選手と相場が決まっているのだが、江戸川に入ってからは私の方がルートを知っているので、適材適所、持ちつ持たれつというわけだ。

 

江戸川に入ると予想どおり真夏の太陽が照りつけていた。風向きは追い風基調だが、暑さに加え日陰が全くといっていいほど存在しないので、今日の闘いは苦戦が予想される。なんてね。

 

しかし江戸川に入るとSさんが不審な動きをするので、そちらの方が気になってきた。先ほどから、サイクリング道路から特定のメーカーの自販機が見えると、そのたびに下に降りるのだ。何かのマーケティング調査なのか?

 

不審に思い、何度めかに訊くと、

「いや〜、昨日は晩酌の焼酎が進んじゃってね。クラシック聴きながらロックでグイグイいっちゃったよ。そのせいか喉が渇くんだよね。俺、このブランドのアイスコーヒーが好きなんだよね」

 

…なるほど、そういうことですか。

 

そうして度々アイスコーヒーストップをしながら炎天下、徐々に佐野への距離を縮めて行く。何度めかのアイスコーヒーストップのとき、私は土手の斜面にまだ新しい段ボール箱が置いてあるのに気づいた。

 

どうも気になったので箱に近づき、中を覗くと…

 

「あっ!」段ボール箱の中には生まれて間もない仔犬が5匹も入っているではないか。 


つづく