コルナゴ
(ホノルル カピオラニ・ビーチパークにて)

突然ですが、宇都宮ブリッツェンの鈴木譲選手をリスペクトしています。
鋭い走り・クールな頭脳・ハードな戦況をものともしないタフさなど、ゆーくんは(友達かよ!)ロード選手の鑑といっても過言ではないでしょう。加えて、ロードレーサーを自分でレストアする自転車マニアの側面もお持ちです。
そんな譲選手のブログに、自身でレストアしたコルナゴC50の写真がアップされていました。譲選手が組み上げたコルナゴ、さすがというしかない仕上がりでした。

そして、その写真を見たとき、もう一台のコルナゴが脳裏に浮かびました。ショップで一目ぼれして手に入れたのに、わずか3年で手放してしまった、私のアートデコールカラーのコルナゴが。



20世紀も終わろうとしていたある日、私は期せずして9時5時生活に別れを告げました。口座には、1年分の収入ほどの退職金が振り込まれました。「さて、これからどうする?」そのときまず思いついたのは「ツール観戦」でした。「こんな時じゃなくちゃ行けないもんね」飛行機に乗るのは気が進みませんでしたが、思い切って観戦ツアーに申し込みました。

生まれて初めての海外旅行、しかも目的は「あこがれのツールをこの目で見ること」です。行く前から心拍も上がろうというものです。そして…そこに立っているのが「夢じゃないよね?」と自分でほっぺをつねってしまいたくなるほどの見るのも聞くのも初めてな世界。今思うと「やっぱり夢だったのかな?」とも思えるほどの非日常の一週間でした。

帰ってきて、さっそく仕事探し…ではありません。「急ぐことはない、しばらくは充電期間にするさ」
季節は夏。起きたい時間に起き、眠りたくなったら眠り、気が向けば自転車に乗る、まさに「アリとキリギリス」のキリギリスのような日々を過ごしました。そしてある時自転車雑誌「サイクルスポーツ」をぱらぱらとめくっていてふと目に入ったのが、当時の編集部員の「松」さんによる楽しそうな「ホノルルセンチュリーライド」のレポート。

「これだ!」フランスに行ったとき、ピレネーを愛車で上ってくるたくさんのサイクリストを目にして「海外で走ってみたいなぁ(前述の彼らにすれば国内ですが)」という思いが強まっていた私は、ツール観戦の興奮もまだ残っているというのに、さっそく申し込みました。申込期間中だったのもまさにグッドタイミング。これはツール観戦とは違う意味で心拍が上がりますね。なんたってこの脚・自分の自転車で海外のセンチュリーライド(160km=100マイルのコースを規定時間内に走る、いわば自転車版のマラソン。でしょうか)を走ろうってんですから。

さあもうウキウキと準備しました。そうすれば自転車も新調したくなりますね。シクロバイクや安物ロード(いちおうイタ車ですが)は持ってましたが、この際ですからとびっきりのを買っちゃおう!と、50万円のTREKをポ~ンと現金払いで…
ということはなく、上限15万円でフレームを探し始めました。パーツは1台分くらい持ってましたからね。いくらなんでも、そんな金の使い方をしていたら退職金なんてあっという間に無くなっちゃうことぐらい、私にもわかりますからね。え?コルナゴをどうしたって?はいはい、今出しますからね、すみませんね(笑)。

そして、夏の日差しの中、新宿の「ファクトリーウォーター」で衝撃的な出会いをしたのがアートデコールカラーのコルナゴ・テクノス。「オオッ!コレは…(絶句)」ブルーとホワイトの美しいグラデーションに、もちろんトップチューブにはライダーの絵がペイントされています。しかもクロモリですよ奥さん。一見して、ロキシーミュージックのファーストアルバムを聴いたときぐらい背中がゾクゾクっとしました。

そりゃもう買いますよ。なんたってあの「栄光のコルナゴ」ですからね。しかもサイズぴったりのが、私を待っていたかのようにソコにあるんですから。自転車の神様ありがとう!!ヘッドパーツは組み込まれていたので、ショップさんにはBBのフェイスカットだけ依頼し、その日は帰宅しました。

「ああっ!コルちゃんに早く会いたいっ!」身悶えせんばかりの数日を過ごし、そしてやっと私のもとに来たコルちゃんのフレーム(笑)。「フッフッフ…さあ、お前をどう料理してやろうか」舌なめずりする私の前でふるえるコルちゃん(おいおい)…なわけは無く、普通のパーツで普通に組みました。奇をてらったアッセンブルなどしたら、コルナゴの名手、ジュゼッペ・サロンニやヨハン・ムセーウに怒られちゃいますからね(おいおい)。ちょうどカンパニョーロの下位グレードのコンポが手元にあったので、期せずしてオール・イタリアンなバイクができました。やっぱイタリアンロードはカンパですよね(自転車オタクかよ!)

そして完成したコルちゃんで挑んだ「ホノルルセンチュリーライド」。いやぁ、もう、なんと言ったらよいのでしょう。喜びに体が震えるほどの体験でした。当時(ってなん百年前?w)は今ほどコマーシャリズムがはびこっておらず、いかにもハワイのローカルなサイクリングイベントという風情で、ハワイの自然を満喫しつつ走りも満喫し、「幸せで困っちゃうナ(山本リンダふうにw)」って感じでした。あまりの幸福な体験に、帰ってきてしばらくは日本の生活がつまらなく思えたほどです(おいおい)。


そして、それからはどこに行くにもコルナゴです。え?見せびらかしたいわけじゃありませんよ。軽量にして高剛性、それでいてしなやかなコルちゃんに乗るのがと~っても楽しいんです。あまりに楽しいんで、荒川の見回りはもちろん、つくばの8耐・乗鞍ヒルクライム・そして翌年のホノルルセンチュリーライドにも出ちゃいました。あのころはよくイベントに出たなぁ。そしてその合間に、練馬区の某サイクルショップでアルバイトしたりして。私、ちょっとはバイクをいじれるんですよ。ちょっとはね( ̄ー ̄)ニヤリ

…さあて、そんなふうに遊んでばかりいたキリギリスですが、預金の残高は刻一刻と減少の一途をたどっていったのでした(当たり前ですね)。「まずいぞ、これは。そろそろ動き出さないと(笑)」。

そんなキリギリスは起死回生の一発、そして自分を育ててくれた荒川への恩返しのつもりで、コルちゃん
に乗って、絵と写真、そして文章で構成した「荒川マップ」を作りました。反響は意外にも早く、某大手出版社から出るマウンテンバイクのツーリングガイドのイラストマップを担当することになりました。イラストマップを描き、コース取材もしたりしながら「日本のゲイリー・フィッシャー」小林さんや、編集担当の才媛・田中さんと本をだんだん形にしていく作業は非常に楽しく、「ずっとこんな仕事ができたらいいな」と思えるほどでした。

しかし、あまりに楽しく、コルちゃんの「もうすこし現実を見たほうがいいんじゃない?君の才能なんて、自分が思ってるほどたいしたもんじゃないよ」というつぶやきにも耳を貸さず(自転車の声が聞こえるのかよ!)、いい気になっていた私でした。

さて本が出来たと同時に、自己アッピールのポストカードも作り、各方面に送って宣伝もする私でしたが、そうそう世間は甘くありません。どんどん目減りする残高(馬鹿ですね~)に、「もはや夢はついえた(早すぎるんじゃね?)」と、北千住の居酒屋のバイトをすることに。そんな、急にイラストの仕事がどんどこくるわけがないでしょうに。しかし、能天気なキリギリスにそう簡単に居酒屋の仕事ができるかというと、これがなんともかんとも。とうとう苦労を共にした(笑)コルちゃんを売って生活費に充てるという、最期の手段に出てしまいました。さようならコルちゃん、可愛がってもらうんだよ…。


「もうだめだ~(笑)」と泣きが入った私でしたが、あまりのアホさに自転車の神様が垂らしてくださった一本の「蜘蛛の糸」によって、なんとか生きながらえている私が現在ここにいるわけです(笑)。

紆余曲折のあとフリーとなり、節約はしていますが飢え死にせず、なんとかサイクリングも楽しめている現在の私ですが、その素地はあのコルちゃんが作ってくれたのは確かです。それと同時に、短い間でしたが苦楽を共にしたコルちゃんを生活費に替えてしまったことへの自責の念はいまでもあります。

みなさんもこんなアホの真似はくれぐれもしないように、そして大事なバイクはちょっとやそっとのことで手放さないように。たとえ事故ったとしても、ぐちゃぐちゃにならないかぎり修理はできるものです。とくにスチールフレームはね! そういう意味では、荒サイ吉見でぶつけられ、廃車にしてしまった「キヨ・ミヤザワ」にも、もう少しなんとかできたんじゃないかという自責の念が沸沸と湧いてきます。コルちゃん、キヨちゃん、ごめんね(おいおい)


「お気に入りのバイクはもはや単なる道具ではない。それはあなたのかけがえのない相棒なのだ」

だれの名言かって?はい、私です(爆)


<追記>
文中の「蜘蛛の糸」ですが、お名前があります。「サイスポ元編集長・宮内さん」という。
その節は大変お世話になりました!