都内北区に有るK駅の一つしか無ひ改札を出て跨線橋をわたると、ちひさな商店街が有る(注1)。まるで地方のひなびた駅前のやうな狭いエリヤに定食屋、蕎麦屋、銭湯、クリイニング店、居酒屋、薬局、八百屋、鮮魚店、スナツクなど生活に必要な店がすべて有る、コンパクトで住み心地の良ささうな一帯である。こんな処なら、海外から何も持たずに単身やつて来ても、快適に暮らして行けるであらう。此処は私が仕事帰りにいつも自転車(ナシヨナルカラアのバツソ(注2)若しくはチエレステのビヤンキ)で通る道でも有る。
 
初秋の有る日暮れ時、「そろそろウインドブレエカアを着よふかな」と思ひつつ自転車でサトちやん(注3)の前を通り過ぎ、八百屋の虎猫(注4)に挨拶して角をクイツと曲がると、小道ぞひの建物に明かりが点ひて何台かのツウリング用自転車(注5)が見へた。「オヤ?こんな処に自転車屋があつたかな?」気になつた私は数米先で自転車を停め、先程の建物の前に戻つた。

引き戸が開いて居たので中を覗くと、「パタアソン(注6)」の画に出てくるやうな服装(注7)をした外国人の男性がツウリング用自転車の整備をして居るのが見へた。建物の中には三、四台のツウリング用自転車が鎮座ましまし、其れに加え部品なども色色ある。男性が私に気付ひたので、私はおずおず「あつ、こんばんわ、あのう、此方は自転車屋さんですか?」と訊ねた。

「此処は僕の自転車のガレエジなんですよ」四十代位だらうか、整つた顔立ちの外国人の男性は、やさしさうな笑みを浮かべて答へた。

「済みません、戸が開いて居たので自転車屋さんかと思ひまして。素敵なツウリング車ですね!」私は心に浮かんだ言葉を率直に述べた。

「こういふ自転車は好きですか?」

「はい、最近の世間はロオド車ばかりで、こういふ素敵なツウリング車が減りましたね。好ひなあ!旅に出たく成りますネ!」

「此処はネ、最近見付けたんですよ。自転車が増えちやつて、置く処を探して居たんだけど、やつと見つかつてネ。此処なら自転車をゆつくりいぢれますネ。見ますか?」

「僕の自転車のガレエジ」といふ言葉に私が意外さうな顔をしたのを見てとったのだらう。男性は自分から説明をした。そして私は彼の好意に甘へ、ちよつと中に入つて見せてもらふことにした。

「好ひですね~、此の自転車」ぢろぢろと自転車を観察する男は、彼の目には自転車マニヤに見えたのだらう(注8)。「だうです、此れ、探したんですよ」彼は傍らに有つたサンツアア(注9)の歯車比変更器を手に取り、嬉しさうに私に見せた。サンツアアといへば、質実剛健な作りで曾ては島野と互角に渡り合つた日本の自転車部品メエカア。そんなサンツアアの部品を探すとは、この男性はさうとうな自転車愛好家に違ひない。あるゐは彼の所有するクラシカルな自転車には現行の歯車比変更器はうまく適合しなひのかも知れない。

男性は他にもあれこれと部品を手に取り、楽しさうに説明をしながら私に見せて呉れた。それぞれが思ひ入れの有る品なのだらう。そして、さういう御気に入りの部品を組つけて完成させた自転車は、彼にとつてかけがへの無ひ物なのだらう。其れはキラキラ輝く彼の目を見れば分かる。

「あ、申し遅れましたが僕、フイリツプと申します」
「萩原です」

幾つかの部品を見せてもらつてから、我々は名乗りあつた。そして、自分達の好きな幾つかのコオスについて少し語つた。其れにしても彼の日本語は流暢だ。オウセンチツクな自転車の服装と言ひ、インテリヂエンスを感じる。職業は語学の教授か、或いは貿易関係の仕事かも知れなひ。

「突然お邪魔して済みませんでした。また、自転車を見せてくださひ」

私は自分の自転車に跨がり「此の自転車は Japan national color なんですよ」と、白い車体と赤いリムを交互に指差した(自分の自転車を自慢しているのか)。「気を付けてネ」彼は戸口の処にニコニコして立っている。「では」私は並列に装備した猫目(注10)の前照灯を点けて自転車を発車させた。


自転車を走らせながら私はふと考へた。突然御邪魔して、あれこれ見せてもらひ、彼に迷惑ではなかつただらうか。プライベエトタイムを邪魔してしまつたかも知れない。友達でも無ひのに、我ながら厚かましひ奴だ。


其れからは、自転車で彼のガレエジの前を通つて、戸が閉まつて居れば灯りが点いて居てもそのまま通過し、戸を開けて彼が居て何かして居れば、自転車のベルを軽く鳴らして挨拶代わりとして通り過ぎるやうにした。ガレエジに居る時は彼にとつては趣味に浸れる貴重なプライベエトタイムであらうから、邪魔をしなひ事にしたわけである。

時時、ガレエジの前に彼の物では無ひらしひツウリング用自転車が停まってゐることがあつた。多分自転車仲間の物だらう。通りすがりの分際でいきなり御邪魔して色色見せてもらふやうな厚かましい奴は、私以外にはさうさう居まい。


冬の間はガレエジに灯りが点ひて居る事はあまり無かつた。彼も色色と忙しひのだらう。


暖かくなつてくると、ガレエジで彼が自転車をいぢつてゐる姿を度度目にするやうになつた。戸が開ひて居て彼が何かやつてゐれば、「チリリ~ン(注11)」とやつて、彼に挨拶をした積もりで通過した。

夏の夕暮れ時分、彼がガレエジの戸を開け放ち、作業をするでも無く、シヨオトパンツ姿で椅子に座つて下町の長屋のおやぢのやうな風情で夕涼みをして居るのを度度見た。

彼は自分の生まれた国を遠く離れて、東京の片隅のこの小道を通る人人や猫ども、巣に帰へる鳥たちの囀り、鮮魚店の店主と客のやり取りなどを束の間、日本の下町のおやぢになつて無心に楽しんで居たのでは無いだらうか。さう思へて来る。

処でおまへは彼とサイクリングしたかつたのでは無いか、といふ向きも有るだらうが、全体私は人とサイクリングをするのは到底好まなひ性分で有るので、彼とサイクリングしたゐとは思わなかつた。只、彼が自転車を楽しんでもらへたら良ひなと思つただけである。



そして季節が巡り、いつしか彼のガレエジに灯りが灯つて居ることはめつたに無くなつた。其のうち硝子戸に写る自転車の車輪の影も無くなり、何時通りかかつても中は暗い儘だつた。

私はもふ彼が此のガレエジを引き払つた事を理解した。彼も色色あるのだらう。他に良ひガレエジが見つかつたのかも知れなひし、此の国を離れる事になつたのかも知れなひ。

そして私は今日もまたいつものやうに八百屋の角をクイツと曲がり、スナックサニイの角をキツと曲がり、都電荒川線を越へて家路に着くのであつた。


ゆきかふ人は留まることは無く、それぞれ何処からか来ては何処かに去つてゆく。

只、八百屋の虎猫だけは全てを見て居たが何も語る事も無く今日もぢつと店先から小道を行く人人を眺めて居た。

                                               

をはり



注1:都内にあつて、人通りが多いとは言へない狭いエリヤに、全てのヂヤンルの店が過不足無く有るのも今時めづらしいのでは無ひだらうか。「狭いエリヤ」とは書いたが、スナツクサニイの先の東北線の踏切を渡るとそこから賑やかな商店街が始まっているので、実質的には長い商店街と言へないことも無ひ。

注2:フレエムの色は白なので、其れに赤いリムのアンブロウヂオのホイルを履かせ、日本国旗に敬意を表した。我ながら良ひ色合ひだと思ふ。

注3:ご存じとは思ふが、緑色の小象のキユウトなミドル昭和キヤラで有る。今見てもまつたく古さを感ぢない。

注4:雉虎といふのだらうか、余が幼少期に可愛がつていた猫と同じ柄なので可愛ひさも一入で有る。

注5:最近の強化プラスチック製の華奢な自転車とは違ひ、有る程度の荷物を積載して旅するための旅行車。材質は主にスチイルで、丈夫に造られて居る。

注6:フランク・パターソン 英国のイラストレエタア。ペンで描かれた精緻なサイクリング画で有名。其の絵はモノクロで居ながら、イマジネイシヨン豊かな世界が広がって居る。

注7:ジャケット・ニッカーズ・ハンチングなど、品格を持つたサイクリングの服装。亜熱帯と化した昨今の我が国でサイクリングするには多少不向きか。

注8:概して自転車のパアツなどに拘る。ことわつて置くが筆者はマニヤではない。調子良く走れれば自転車は何でも良ひと思つて居る。

注9:現在でもフアンが多ひ。またレエスシインに復帰して欲しいと思ふのは私だけであらうか。

注10:夜の荒川沿ひの走行を考慮し、猫目(cateye)の灯火を2連装している。此の為、動物の目には猫科の大きな動物が接近してきたやうに見へるのだらうか、猫が慌てて逃げて行くことが有る。済まなゐと思ふが、安全の為には致し方無ひ。

注11:警音器は、スポオツ車によく取付られている「チイ~ン」といふ音の物では無く、一般車用の「チリリン」といふ音の物を装着して居る。このほうが周知された音だと思ふからだ。