)ラレー(黄


さてさて、山手線・駒込駅近くの自転車屋さんで衝撃的に出会った黄色いスポーツ車は、偶然にもかつて乗り回していたのと同じ英国「ラレー」の自転車でした。

 

力強いイエロー×ブラックのカラー・欧州ブランド(ワインマンとかザックスとかユーレーとか部品に刻印がありましたが、有名なメーカーなんですかにゃ?(おいおい))で固められたアッセンブル・いかにも走りそうなルックス・それでいて、風格あるヘッドバッジをはじめ、さりげなく感じられる英国のエスプリ。う~ん。まいった。

 

さながら、英国生まれのスポーツ好きな良家の子女と出会った気分ですかのぅ?(あんたビョーキやろ)

 

おまけに定価だと6万5000円ほどだが、サンキュッパだと。これは…今買えってことですよね。そうとしか考えられない。

 

私は胸の高鳴りを抑えつつ、かつ躊躇なく店主に告げた。

 

「これください」。

 


ということで、このラレーが「はじめてのロードバイク」と相成りました(以前ちょっと乗ったスポルティーフはフルマッドガードの所謂ツーリング車っす)

 

ま~、今考えると、パイプは重いハイテン(高張力鋼)だし、リムもスチールだし(これは今考えると、ショック吸収性と、フライホイール効果により高速巡航性には有利?なんちて)、ブレーキワイヤはびよよんと飛び出しているし、まったくおとなしいバイクなのだが、グレッグ・レモンやミゲール・インデュラインが乗ったTVTも市川さんが乗ったLOOKも知らない私には(そんなの未だに乗ったことありましぇんw)、バリバリに本格的なレース用自転車に見えたのでつ()

 

いや、自転車に特に興味もない一般人なら、そんなもんでしょ?「ママチャリと、あとなんか競輪みたいなスポーツ用の自転車」。そんな大まかな区分ですよね。

 

しかしこのラレー、乗って帰るときは往生した。ドロップバーの持ち方がわからないので常に下ハン持ち()。もちろん、そんな状態でダウンチューブに付いたダブルレバーで変速なんかできましぇん。適当なギヤに固定で、信号で止まるたび、ヨロヨロと頼りなくスタートするのであつた。

 

トゥクリップが付いてないのは幸いだった。そんな、下ハンを握りつつダウンチューブに手を伸ばし変速し、トゥクリップに爪先を入れスタート、なんて到底無理っす(今でも三ついっぺんになんてできましぇん!)

 

そんなこんなでほうほうのていで帰宅したのだが、何しろ運命的な出会いを感じた私は、さっそく自転車乗りのバイブル「サイクルスポーツ」誌(宮内さんお元気ですか?)を買い、研究を始めたのだった。「ふんふん、つうる・ど・おフランスに出てる自転車はカーボン製でもっとすごいのね。シフトもブレーキレバーと一体化してて、ハンドルから手を離さなくても変速できるんだ。ホェ~」「この三浦さんっていう選手の自転車、えらく攻撃的なポジションだすな~」「ほお~、サイクルパンツには尻にパッドが付いてるのか~、これなら長距離走っても尻が痛くならないね!」「マウンテンバイクもいいっすな~」などなど、見るものすべて新鮮な世界でした。

 

実はこのラレーを買う少し前、宇都宮で自転車の世界選手権が行われて、某NHKがロードレースを最初から最後まで(6時間半)生放送したことを知り、「へぇ~!自転車のレースって6時間半も走るのか!すごいなぁ!どんな超人なんだ!」と驚きとともにサブリミナル的な知識を得ていたという伏線があったのです。そんなこともあって、発見即購入も自然な流れとも言えるかもしれません。

 

さぁこうなったら、まるで小学生の自転車マニヤです。少しでもつうる・ど・おフランスに出てるような自転車に近づけるべく、サンキュッパで買ったラレーの改造が始まりましたよ。弁解がましいですが、小学生のときには周りにかっこいい自転車に乗っている大人とかもいなかったし、そういう刺激も皆無でしたから、いい歳ぶっこいてからようやくメディアの力を借りて開眼()したわけです。

 

もちろん、また自転車通勤もわくわくドキドキで始めました。今度はちゃんとジロのヘルメットもかぶり、いっぱしのサイクリスト気分です。車道の左端を走るのは原付と同じだし、すぐに慣れました。

 

ま、買った当初はドロップバーに馴染みがなく、しかもブラケットポジションからだとワインマンのブレーキの引きが重いのでフラットハンドルに換えてましたが、「いちまるご」のブレーキに替えてブレーキの引きもめっちゃ軽くなり、またドロップバーに戻しました。

 

そして気になっていた、いちいちハンドルから手を離さないと操作できないシフトレバー(昔はこれが普通だったんだよ、へたくそめ)も「志麿ののデュアルコントロールレバー」より軽くて安いサンツアーのコマンドシフターに換え、手元でパチパチと気軽に変速できるようになりました。らくちん~!

 

雑誌やショップで知識を仕入れ、それをすぐに実行できるサンキュッパのラレーは、私にとってまたとない素材でした。鉄リムのホイールも軽量なアルミリムのロードレーサー用ホイールに替え、どんどん自転車にハマっていく日々。ボトル台座が一つしかないので、シートチューブにドリルでグリグリと穴を開けたのは今考えると「ヒョエ~」ですがね。危ないなぁ。

 

こうしてサンキュッパのラレーは、私の自転車史上もっとも重要な自転車になっていったのです。その後ロードバイクはフォンドリエスト・ビアンキ・コルナゴなど乗って、どれもいい自転車でしたが正直、サンキュッパのラレーほどの思い入れはなかったのも事実です。

 

フレーム以外全部自分で交換して、自転車の知識も以前とは比べ物にならないくらいつきました。もちろん、パンク修理だってひとりでできるもん!てな具合です。

 

えっ?そんなスポーツ車にブラッシュアップしたのなら、さっそく遠くにツーリングにも行ったんだろって?

 

いやぁ、それが、私にとって自転車とは、基本的に「混んでる電車とか乗りたくないし、自転車のほうが寄り道ができるし気持ちいいから乗ってる」的なお気に入りのスニーカーみたいなものなので、べつに世界一周とかあまり興味ないんですよね。大変そうだし(おいおい)。めんどくさそうだし(コラコラ)

 

その頃は毎日の自転車通勤以外は、お休みの日に川越あたりまで行って焼き団子食べて「今日はよく走ったな」と満足してたくらいで、そんな長距離サイクリングなんかやってなかったす(今も大差ない?)

 

自転車にはほとんど毎日乗ってはいますが、「1200㎞走った」とかの話は「へぇ~、そりゃ大変そうだねぇ」的な人間なんす(居直るなよ)

 

某自転車専門誌でアルバイトしてたとき、常駐のF倉くんに「向上心がない」と言われたのも、ま、無理はなかろう)

 

これで自転車競技に目覚め、いい歳して選手を目指し…となればネタ的には面白かったんですがね~。

 

 

まぁそんなわけでこのラレー君がきっかけでフランスやハワイにも行きましたし、世界が広がった気がします(というか、かなり広がりました)。エンジンに頼らなくても、自分の力だけで「自由」を得られる自転車の醍醐味を教えてくれたラレー君ありがとう!この先何台自転車に乗っても君のことは忘れないよ!あと、サイクルスポーツ誌の宮内さん・松本さんにはこの場を借りて感謝します。グラッチェ!