70年代ラレー


小四のころ、自分の自転車を買ってもらいました。当時、収入に対して自転車はけっこう高かったと思いますから、ほしいほしいと連呼したのでしょう。そのころ我が家では一番下の妹が生まれて何かと物入りだったと思いますが、長男だから買ってくれると踏んだのでしょうか。それとも、我が家の経済状況など、全く気にもしなかったのかもしれません。やなガキですね。

 

しかし、なんせ飽きっぽいガキのことですからすぐにほっぽり出してしまいました。当時の私はマンガやテレビなどの仮想現実でばっかり遊んで(今の子どもとたいして変わらない?)いましたから、自分でねだって自転車を買ってもらったものの、現実でそれを使って何をしたらいいかまでは考えてなかったんでしょうね。しようがないバカガキですね。おやじ(故人)ごめん。

 

中学生のとき、また自転車が欲しくなり「自転車ほしい」と言ったようですが、最初のをいくらも乗らないでほっぽり出した前歴がありますから、「あん?バガいうでねぇ!そったらもん買ってやってもおめ、乗んねぇでだめにしぢまったぐせにふざけんでねぇ!(何故に東北弁?)」と親は相手にしてくれませんでした。当たり前ですね。相変わらずバカガキな私です。

 

高校生時代は何にも乗らずに過ごし、就職した次の年、街を歩いていて自転車屋さんの店頭にあったラレーのチョッパーふう自転車(なんちゃってハーレーみたいな自転車)に「これは!」とひらめき衝動買い、それからはこのラレーをどこに行くにも乗っていました。通勤はもちろん、都内のロックコンサートにも乗っていきました(ブドーカンとかサンプラとか)。

こいつを会社の前に駐輪していたところ、総務の人に「あの変な自転車(笑)、会社の前にとめないで」と言われ、路地に移動したりもしてました(バカ)。ちなみにこのラレー、英国のバンド・スミス(そう、反逆のロッカーw「モリッシー」がヴォーカルをやってたバンドです)のPVに出てますので、もしかしたら見たことある人がいるかも(ないない)。

 

しかしこの頃はメカのことなど何も知りませんでしたから、パンクしたら自転車屋さんにズルズル引っ張っていくだけでした。ある日前輪のタイヤに亀裂が入り、交換してもらおうと近くの自転車屋さんに持っていったら、「このサイズはうちには在庫がないよ」と言われ、あわれラレー君は物置入り(おいおい気にいってたんだろが)。ラレー君は前輪16インチ・後輪20インチの前後異径で、二人乗りできそうな長いバナナシート、オートマ車のシフトレバーみたいな変速レバーが、二本あるトップチューブの間からにょっきり生えているという変わり種自転車でしたから、ちゃんと保存してれば今頃プレミアがついてたかも(おいおい)。

 

すみません前置きが長くて。怒ってませんよね?(笑) もうちょっとですので(笑)。

 

そのあとは中古のサイクリング車に乗ったり、何を思ったかナショナルのスポルティーフ(新車)に乗ったりしていましたが、どうも相性が合わなかったのかそのスポルティーフも早々に同じ会社の人に売ってしまい、同じころエンジンが付いたのに乗り始めたこともあり、また自転車からは離れてしまいました。

 

 

そしてしばらくは原付のスポーツバイクに乗っていましたが、ある日、会社に社長の知り合いの人が入社してきました。彼はいわゆるスポーツマンで、レース用の自転車を持っていてトライアスロンに出たりしていたのでした。

 

彼とは自転車の話やらがきっかけでよく話すようになり、ある日終業後に某商店街を彼と歩いていたところ、自転車屋さんの店頭にある黄色いスポーツタイプの自転車に私の目が釘付けになりました。

 

「これは!(またですね)」私の脳裏にある種の啓示のようなものが閃きました。きっと脳内ではドーパミンがドーパッと分泌されていたに違いありません。

 

[つづく(誰も読みたくないっつうのw)]