[回復、そして]
ジャングルロードでモチベーションの危機におちいった僕。

そこで僕は、美輪明宏大先生おっしゃるところの「日本人を醜くした三つの欲望(注:物欲・性欲・食欲)」のほうに「一時的に」頭を切り替え、この危機をを切り抜けようと試みる。あくまでも「一時的に」だ。
 
すなわち、以下のようなイメージを脳裏に描くことである。

「これだけ暑ければ、ゴール後のビールはめちゃくちゃうまいぞ!胸の谷間をゴーカイに見せたジンガイのお姉ちゃんがいるオープンカフェでやさしい風に吹かれながら、キラキラした泡の立つ黄金色の冷たい液体をグビッ!グビッ!グビッ!  くうう~っ!たまんないっす!」

…おおおっ!モチベーションが甦ってきたぞ!

 …少し休んだので、若干回復したような気がする。そしてマカプウからの最後のアップダウン。ここで「その2」文中⑤の女性(重量級ガイジン女性サイクリスト)に遭遇。上りでは、脚が半分死んでいる僕と、歩いたほうが速いくらいのスピードで壮絶なデッドヒートを繰り広げる。しかし下りとなればさすが狩猟民族の末裔、重力を味方につけ、あっという間に差をつけられた。でも身体だけは大事にしてくださいよ(初代・林家三平師匠ふうに)。

甦ったかのようにみえるモチベーションだが、しょせん脳内イメージ力で一時的に甦っただけなので、時間が経てばしだいに効果が弱まってくる。そろそろ、ほんとうに水分補給をしないと、脱水症になってしまいそうだ。たしかもうすぐエイドステーションがあるはずなんだが…。すみません、僕、一回や二回完走したからって、暑い中の160kmをなめていました。と、ハワイの神々に赦しを請う。

はたして、下り終えると 、待ちに待ったエイドステーションがあった! わぁ~っ助かった!(涙目)  往路では目もくれなかったエイドステーションだが、このときは本当に後光が差して見えた。自転車をそこらに放り出し、「ネコまっしぐら」にフルーツがあるところに駆け寄り(身体が水分と果糖とクエン酸を切に欲していたのだろう)、カットオレンジをガツガツとむさぼり食らう。う、うますぎる!(涙目)

オレンジの効能はすさまじく、みるみるうちに元気が出、脚の痛みまでもが嘘のようになくなった。あとはもうこれといった坂もなく、ここまでくればひと安心!

カラ二アナオレ・ハイウェイに入ると、ロードバイクにスパスパ抜かれるので(僕のはドロップバーだがクロスバイク)、なるべくはじっこを走る。ハイウェイといっても、信号がある、国道っぽい道である。しかしさすがアメリカ、一車線分くらいのバイクレーンがある。そこで出会ったのが「その2」文中②の「典型的ガイジン女性サイクリスト」。マッドガードに星条旗のついた700Cのツーリングバイク(おおっ)に乗っている。サドルの上の丸いお尻がかわいい。

彼女、ちょっとした坂になると、いきなりギヤを超軽くして、L・アームストロングも真っ青の高回転ぺダリング。脚の回転の割にあまり進んでいないのだが…。  しかし彼女もまた、下りになると「キャッホ~」と雄叫びをあげながらすっ飛んでいく。 女性サイクリストにはこの手の人がほんとに多いですなぁ。

ホノルルが近づいてくると、道のわきや中央分離帯に巨木が葉を大きく広げている姿が目につく。目につくのは「あの木陰で寝たい」という身体からのサインだろうか。もうゴールまであと少しなんだからもうひとがんばりしてちょ!と身体からのサインを黙らせ、一路ダイヤモンドヘッドへと向かう。

まぶしい光を浴びながらダイヤモンドヘッドの上りを「ウォリャ~!」という勢いで軽~くクリア(オレンジの効果絶大!)しダウンヒルを駆け抜け、ゴールのカピオラニ公園が見えてきた。やった!ビールはもうすぐだ!

ゴールは公園の中ほどにあるので、はやる心を抑えてガクッとスピードダウン、公園内のバイクレーンをちょこちょこと走って以前よりずいぶん立派になったゲートをくぐりフィニッシュ!

すかさず、「東京の●●さん、今ゴールです!」との会場アナウンスが。てへへへへ、照れちゃうな!100マイルくらい、全然たいしたことないって!この商売上手さん!

しかし停まったとたん、暑さ・乾き・空腹が三点セットでドッと襲ってきた。とりあえず、会場にセットされた水のミストを巨大なファンで送るマシン(名称不明)の前に行き、体表の温度を下げる。おおお~っ! 気持ちいい!

体温が少し下がったので、フィニッシャーで賑わうゴールエリアを一目散に退散し、ビールを目指す。もう店を選んでいる余裕はない。毎度おなじみのセブンイレブンでクアーズとランチボックスを素早く買い込み、ホテルへ直帰。まずはシャワーといきたいところだがそれすらもどかしく、ベランダの扉を開け、間髪をいれずクアーズのプルトップをプシュッ!

……冷たい芳醇な液体が喉を流れ落ち、身体に染みわたっていくのを目を閉じて味わう。まぶたの裏には、先ほどまで走っていたコーラルリーフの浜辺やごつごつした岩山、木々の姿、ペダルをクルクル回して走るMTBの女の子の姿などがあとからあとから現れる。

ほどなくして2本目を開け、今度はゆっくりと味わいながら飲む。ベランダから入ってくる心地よい風と、それに乗ってかすかに聞こえてくる民族音楽の太鼓の音。静かだ。あのMTBの女の子は無事ゴールできただろうか…。


いつの間にか眠ってしまったようだ。ベランダの外に目をやると、夕日が空を朱く染めていた。部屋の隅には、雨で少し汚れたビアンキが。白いテーブルの上にはクアーズの空き缶が二つ。さてこれから、着替えて外に出ようか。それとも、このまま夕日が沈んでいくのをぼんやり眺めているのもいいな。まだ太鼓の音は小さく聞こえる。すっきりしたいい気分だ。

こうして、日本から遠く離れたオアフ島で、一人で夕日を眺めていることが、とても幸せなことに思えてくる。今日あったことを誰かといろいろ話したい気もするが、今はこうしてただぼんやりとしていよう。

そうして夕日を眺めているうちに、僕はまた、誰もが知っている「無意識の大陸」へと、一人乗りの小さな舟をこぎ出していった。

                                     おわり